| ★マネージャー レポート |
『ハプニング ハプニング』
「監督、ガバナー杯野球大会への最終参加者は9名となりました。」
と進言したのは3月26日(日)の練習日最後の日である。
3月の始め頃は12名の予定であった。しかし、月末の前夜祭と4月1日の土曜日。試合日となると業務の都合が難しくなる人が必ずや出てくるだろうと予想はしていたが、9名とは。選手交代は無し。9名が守備に付いたらベンチはもぬけの殻。真に背水の陣である。登録料は返って来ないとなると前に進むしかない。監督は「兎に角、行きましょう。」で決定。
前夜祭に10名の参加が義務づけられているが、先発隊として車3台に分乗して6名が午後2時過ぎに出発。業務の都合で、監督、浜崎、西村の3名が遅れて新幹線に乗るということになった。前夜祭では選手入場や、試合の組合せ抽選会と大切な行事が組まれているが監督、主将、マネージャーがその会場に居ないので新藤氏に全て一任してあるので安心をしていた。気になる事は明日からの試合の為の抽選会で、良い時間帯のクジを引いてくれることだけである。
前夜祭は広島駅の隣にあるグランヴィア広島で、午後6時より始まっている。私が会場に着いたのは7時30分頃であった。皆の顔をみて一安心。その中に一人若い顔があった。誰かなと思っていると藤原氏が
「私の息子である。ベンチに一人も居なくては淋しかろうと思って連れて来た。」
と言うではないか。本当に嬉しくなった。
しかしである。皆の顔が何となく私を見る目付きが少し違う。「何かあったの?」と問うと、一斉に私に批難の声が集中。曰く、「選手宣誓は監督が行うことになっており、明日の第一試合の中で行なうとマネージャーは言ったのではないか。」「その通り。」と答えると「プログラムには前夜祭で行なうようになっている。しかも毎年同じである。」というではないか。唖然となる。金清氏が大会プログラム誌を出し開いた中に当然の如く書いてあった。その記事を見たのは宣誓の数分前と云う。誰も準備はできていない。皆が藤原氏に白羽の矢を当てた。心臓の大きさでは群を抜く彼でも一瞬迷ったと聞いた。
つい先月の南園杯の大会で、監督が素晴らしい宣誓をやったばかりである。藤原氏はそれを思い出しながらマイクに向かったと言う。固唾を呑んで皆が見守っていると最初はなめらかに出てほっと一安心。しかし途中で止まったらしい。
時間にして数秒であったが、本人も会場に居る人々もそれは長く感じたようであった。南園さんが「後は私がやりましょうか?」と言われたそうである。
それでほっとして後の言葉がすらすら出たと言った。唯々藤原氏には感謝あるのみ。本当にありがとうございました。
しかもその続きがあり、抽選では明日の第3試合のクジを引くと言う強運。よくよく聞いてみるに、彼は「今朝のテレビで今日の運勢を観ていたら最高に良いとあった。」と言うではないか。ひょっとして明日の試合にも強運は続くのではと思ったが・・・・・
翌日又々ハプニングである。私達は第3試合で11時30分からであるから1時間前の10時30分まで会場に着けば良いのである。朝食を終え、9時にホテルを出発。途中で広島城近くで軽く練習をして会場に向かう予定であった。
しかし車が混んで来たので球場にて直接練習をすると、監督が指示。球場に到着するや、大会本部の役員の方々が我々を見つけ、すぐさま試合を行うので並んでくれ、と言うではないか。時間が違うと言うと
「第2試合のチームの一つが急に欠席となったので、1試合早くなった。」
と言う。あたふたし全員がホームベースに並んだ時は10時。キャッチボールさえも出来ぬ有様。
ベンチには貴重な留守番役、藤原氏の子息一人のはずが、もう4名増えているではないか。しかも女性ばかりである。実は昨夜の前夜祭の後、全員がとあるクラブに行ったのであります。前夜祭我々のテーブルで一人若い女性が最初から最後まで世話を焼いてくれたので、彼女が勤めるクラブに行ったのである。試合は11時30分からと言ってあるのに、変更になったことまで知って来たらしい。黄色い声援を最後まで送ってくれたのだが、監督以下伝染した様にエラーが続出。福山西ロータリークラブに勝ちを譲ったのであります。藤原氏の「サソリ座」の運の強さはやはり1日だけの出来事でした。皆さん本当にお疲れ様でした。応援してくれた女性達が用意してくれた弁当、美味しかったなあ!!
野球同好会マネージャー西村 稀一郎 記
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